(3)ハレンチな日本語教師、デビュー
「少数精鋭」「裁量権がある」
耳心地の良いワードだが新卒には地獄だ。
私の赴任した学校は、生徒が100名以上いるにも関らず教師が私含めて2名しか居なかった。
人手が足りないと聞きやって来たのだが、前任者が緊急ハレンチ帰国をした為
私が来てもやっぱり人出不足だった。
赴任後、2日後には授業が始まる。先輩教師からは「みんなの日本語第5課まで終っているので、第6課から好きにやって良いから」とみんなの日本語を渡された。
何の引継ぎも受けず、無情にも2日はあっという間に過ぎ去り当日の朝がやって来た。
朝6時には学校に到着し、幾度となくくり返したリハーサルをもう一度だけやる為、誰もいない教室で朝6時から一人芝居を開始した。
ホワイトボードの半面まで埋まった所で、文字を消そうとして気付いた。油性ペンで書いていたことを。どうやらバカなインド人が、油性ペンを間違えてセットしていた様だ。死んでくれ。
早起きして、リハーサルをするつもりが汗だくになりながら30分かけて油性ペンを消しゴムで消す羽目になった。
「海外の消しゴムは消しずらいので日本製の消しゴムを持って行った方が良い」と聞いていたので、1年使っても無くならないような特大MONO消しゴムを持って行ったこと、そしてその助言をしてくれた友人に心底感謝した。
1年は使えるはずだった消しゴムだが、デビュー前に半分はカスになった。
そしていよいよ、デビュー戦が始まる。
元気ハツラツ、性のにおいを感じさせない爽やかな語り口調で自己紹介をおこなう。
生徒の懐疑的な眼差しに気付かないふりをして、授業を開始する。
生憎私は最初に生徒の心を掴む様な話術も余裕も持ち合わせていない。
「みんなの日本語第6課」の目玉文法は
誘いQA「いっしょに○○しませんか?」→「ええ、良いですね。」「すみません、ちょっと・・」である。
設定はバー。グラスを片手にお酒を飲むふりをするわたし。
そして、すぐにイケメン(向井理)の仮面をつけて声高らかに叫ぶ。
おさむ「一緒にお酒を飲みませんか?」
仮面を外した私「ええ、良いですね。」
続いて、キモオタの写真をつけて声高らかに叫ぶ。
キモオタ「一緒にお酒を飲みませんか?」
仮面を外した私「すみません、ちょっと・・・。」
席に座った30人のインド人全員が「キョトン!!!!」という顔をして私を見ていた。
日本人が死ぬまでに、インド人に「キョトン」される回数の平均値を底上げした瞬間だろう。
私は向井理が好きだし、バーでおさむに「一緒にお酒を飲みませんか?」などと聞かれた日には全日本人女子が手放しで受け入れるだろう。
そしてキモオタに誘われるのはキモい。「すみません、ちょっと・・」と言うのがごく自然の流れである。
しかし、インド人は向井理なんて知らないし。キモオタのことを下手したらカッコいいと思うかもしれない。そう言う基本的な美の価値観を理解しないまま、教壇にたってしまった私に不信感を募らせた生徒は多かった様で、デビュー初日に「あの先生の言っていることが理解できません」と校長室にクレームを入れる生徒が後を絶たなかった。。
職員室で項垂れ、涙をこらえるわたし。
涙を拭きにトイレに向かうと、廊下で生徒に腕を掴まれる、ひとこと。
「一緒にお酒を飲みませんか?」ニヤニヤ
そうだ、私は淫乱女教師の後釜だったのだ。