(4)兎に角運が無いハレンチな日本語教師
月末手渡し、初任給の日がやってきた。
目が回る様な忙しさで過ぎ去った1ヶ月目。
朝から晩まで授業、授業、授業。空いている時間に翌日の授業準備、テスト作成。
息も絶え絶え授業をこなし、ぼろ雑巾の様になっていた私は朝から浮き足立っていた。
不運にも当日は、最悪曜日と被ってしまった。
朝から晩まで引っ切り無しに授業を受け持っている悪魔の土曜日。
1コマ目を終えて職員室へ戻ると私の机の上に、無造作に置かれた給料袋を発見し、思わず飛びついた。
と同時に、1コマ目で一番熱心な学生が、質問があると私のデスクに近づいてきた。
今すぐ金を貪りたい衝動を抑え、教師の仮面を被り質問に丁寧に答えた。
その日はタイミングが悪く、熱心な学生の後にも
「授業料を払いたい」、「明日の授業を休むので宿題を印刷してほしい」等、
普段私に寄りつきもしない学生たちが引っ切り無しに訪ねてきた。
気付いたら、2コマ目が始まる時間になった。
2コマ目、3コマ目、4コマ目、運悪く全ての授業で月末テストを実施したため、時間内に解答出来なかった出来損ないの為に、休み時間を返上してテスト監督を強いられてしまった。
昼ご飯も食べずに、8時から18時まで教師であり続けた私は、
精根尽き果て給料袋のことはすっかり頭から抜け落ちてしまった。
家に帰り、給料袋を取り損ねたことを思い出したが「まあ明日確認すれば良いや」と
のん気にサンドイッチを作り始めた。
殻を破ると黄身と名乗るのがおこがましい、本当に肌色に近い黄身が殻にべったりとへばり付いている腐った卵でオムレツを作り
日光を全く浴びなかったであろう竹みたいな色をしたキュウリを分厚くスライスし
パサパサのパンにサンドして
インド人嗜好に合わせて作られたトウガラシが含まれた激辛のケチャップをかけて
感情の無い顔で咀嚼した。
1日何も口にしていなかった私にとっては御馳走だったが
90分4コマをやりきった土曜日に感想を言う体力も残されていなかった。
ふと、食べかけのサンドイッチに目をやると「ウニョウニョ」と動く白い物体が
分厚くきった竹キュウリから這い出てようとしていた。
「ヒッ!」小さな悲鳴を上げて、サンドイッチを投げ捨てた。
2匹の小さな芋虫だった。
誰かにこの状況を共有し、一緒に嘆いてほしい一心で同居人の先輩教師に「い、い、芋虫が!!」と、すがるような気持ちで先輩の部屋のドアを叩き、健気に報告しに行った。
しかし先輩は、虫けらを見る様な目で「よくあるよ」と言い放ち、ドアは閉められ朝まで開くことは無かった。
本当に私はこの女のことが心底嫌いだった。
翌朝、給料袋を確認しに会社へ行くと、期待を裏切らず給料袋は消えていた。
複数の学生や掃除婦、電気配管の業者が出入りしていた昨日、犯人を特定することは容易なことでは無い。
今になって思うとなんであの時、校長に「どうして机に給料を置き去りにしたんだ!ふつう手渡しするだろ!」と文句を言っても良かったと思う。
然し、世間知らずで基本自責思考の私は「給料袋をカバンに入れなかった私が悪い。学校で問題にしたく無い。」と誰にも言うことが出来なかった。
その晩、家に帰る前に学生時代に貯めたわずかな貯金を引き出そうと、雨の中ATMに立ち寄った。
暗証番号を入力した瞬間、「ゔぁああ!!!!」と呻き声を上げた。
ATMの機械が故障して、放電中の数字盤に濡れた指先で触れた為、感電してしまったのだ。
「痛い、痛い。。。。」と連呼しながら指先を何度も舐めて、ATMを後にした。
ボロ雑巾の様に朝から晩まで働き、芋虫を食べた上に、初任給を盗まれて、貯金を切り崩すために感電死しそうになった私の精神状態は崩壊寸前だった。
そんな時に、携帯電話に社長から連絡が入る。
「授業のことで相談したいことがあるので、今晩はうちで一緒に夕食を食べましょう。」
まともな物を食べていなかった私は、おめおめと社長の家に歩みを進めていた。
竹キュウリを買った八百屋