(11)それでも真面目に働くハレンチな日本語教師
前回公式にハレンチであることが認められ、それを裏付ける文章が日英共に存在することになった私は、借りて来た猫のように大人しくなった。
ハレンチのテキスト化以来静寂を守っていた私に対して、校長は掌を返した様に優しくなった。
退職を滞りなく進めるために、後任者を探し始めているので安心して授業に取り組む様に説明を受けた。
これまで全く書く機会がなかったが、私は結構真面目に働いていて生徒からの信頼もそこそこ得ていた。
主に担当してたクラスでは日本語能力試験N5レベルで85%の生徒を合格させた。
N5とは英検4級、漢検5級くらいのあってもなくても人間的な価値は然程上がらないレベルなのだが。
クラスには大概優秀な生徒がいる。
ロヒットさんは大変飲み込みが早く、導入した文法を使い器用に文章を作り
宿題も真面目にこなし、テストもいつも高得点を維持していた。
そんな彼も、入学して最初のテストでは
「何が好きですか。」という質問に対して
「わたしは まんこが すきです」
と回答してしまい、採点しながら私をグフグフ笑わせてしまった学生だ。
その時私は、彼の意図を汲みとり、「マンゴー」と訂正し、マイナス2点した。
本日の授業、みんなの日本語第19課 「〜たり、〜たりします」という文法導入時
応用編として「日本へ行って何をしたいですか?」という質問に対して
学生たちに自由に文章を考えさせたときのことだった。
なかなか上手く文章を組み立てられない学生が多い中、いの一番にロヒットさんが挙手した。
私「ロヒットさん、日本へ行って何をしたいですか。」
ロヒット「はい、先生。私は、日本へ行ってお酒を飲みに行ったり、彼女を作ったり、子どもを作ったりしたいです。」
と答えたのだ。
「わたしは まんこが すきです。」でマイナス2点をしてしまったのは採点ミスだったことに気づく。
どこから突っ込んでいいのか、私はわからなかった。
だが、教師として、丁寧に「〜たり、〜たり」文法は順序ではない、この場合は「私は、日本へ行って、お酒を飲みに行って、彼女を作って、子どもを作りたいです。」が適当であると説明した。
(それら全てのアクションを平行して実行したいのなら、話は別だが)
女としては、子どもを作る前に籍を入れたりして欲しいのだが、説明するのもめんどくさかったので口を噤んだ。
躊躇ったが、学生は男性のみだったため、例に漏れず文章を全員に朗読させた。
私「私は、日本へ行って、お酒を飲みに行って、彼女を作って、子どもを作りたいです。ハイ!」
学生が復唱する。
「私は、日本へ行って、お酒を飲みに行って、彼女を作って、子どもを作りたいです!!!!!」
いつも声が小さい学生も、大きな口を開けて声高らかに叫んでいた。
ハレンチの教え子がハレンチになるのは仕方のない事なのかもしれない。
彼の日本語学習に対する飽くなき探究心の根源を垣間見ることができた1日だった。
ロヒットとの思い出は、もう一つある。
ロヒットはいつも靴下を履いていなかった。どんなに寒い日でも裸足にサンダルを履いていた。
その日は、予定していた内容が早めに終わったのでゲームをした。
学生の中から一人を選び、選ばれた学生がまた別の学生について日本語で説明して
全員で誰のことを説明しているか当てるゲームだ。
選ばれた学生ジーテンドラさんは、私にだけ「ロヒットさんについて説明します」と告げ、説明を始めた。
ジーテンドラ「彼は髪が短いです。」
ジーテンドラ「彼は白い服を着ています。」
ジーテンドラ「彼はメガネをかけています。」
クラスの中で4名まで絞られた。
ジーテンドラ「彼は下着を脱いでいます。」
ジーテンドラは、「靴下を脱いでいます」と言いたかったのだが
アンダーウェアとソックスを間違えて記憶していた様だ。
幸いにももう一人、同じ勘違いをしていた学生がいた様で
その学生は「わかりました!ロヒットです!」と答えた。
くすくすと笑いが起きていたが、誰よりも熱心に単語を覚えていたロヒットは、立ち上がり「靴下です!!」と訂正した。
まんこが好きで、子どもを作るために日本へ行きたいロヒットはノーパンの変態だということが判明した瞬間だった。
そんなこんなで、労働環境は最悪だったが、教室では生き生きと授業を担当していた。