(9)マンコ=心
魔女裁判後、数日が経過し、校長と私の関係性は最悪だった。
一刻も早くこの環境から逃げ出したかったのだが、
心底嫌い女が退職することになったと会議で伝えられた。
どういう経緯かは知らないが、二人はいつの間にか別れて
女はいつの間にか退職する手筈が整えられていた。
そして私の辞表などなかったかのように話が進められ
私は女の送別会の幹事を任された。
送別会のビラを作成し、授業後には送別会の宣伝をするよう命じられた。
社会人になってから、一番やりたくない仕事だったが「次は自分だ」とうわ言のように呟きながら事を進めた。
送別会には70人以上のインド人が集まり、軽食を食べながら
女との思い出の写真上映などをした。
次は、各クラスから一番日本語が上手な学生を選抜して
2名が女へ感謝の手紙を朗読する予定だった。
この為に、学生の書いた意味不明な文章をなんとか汲み取り
女に伝わるように8割私が書き直し、授業終了後に暗記練習に付き合ったのだ。
それなのに、よりによって2名とも遅刻しているのだ。
無情にも写真上映は終わり、私はおずおずと司会者として前に立ち
「つぎは 〇〇先生(女)に ありがとう の 手がみを 読む 時間 です。
でも、手がみを 読む クマールさんと プリヤンカさん は 来ませんでした。
それでは、〇〇先生。 さいご の あいさつ を おねがいします。」
学生にわかる簡単な日本語で、この断じて許容すべきではない状況をとても分かりやく説明した。
すると、授業中は殆ど口を開かない大人しい学生が、突如として私のマイクを奪い
「I will read poem (ポエムを詠みます)」と申し出たかと思うと
詩吟のようにヒンディー語を吟じ始めた。
本当に意味が分からなかったが、このあるまじき状況を彼なりに打破しようとしてくれたらしい。
彼の詩吟は10分程続いた。
予定通り事を運ばせることに命をかけている日本人としては、突然の詩吟は大変有難いことだった。
しかし彼のその行動は、世界一黙らせることが難しいインド人の心を揺さぶってしまった。
彼の詩吟が終わると、頼んでもいないのに男女4人が前に出て来て民謡を踊り始めたのだ。
民謡は10分以上続く。
70人のインド人は民謡には目もくれず、次に誰が何をするかという大論争を繰り広げていた。
この会はお別れ会であって、詩吟や民謡を披露する時間ではないのだが。
私は民謡を強制的に中断させ、会を滞りなく終わらせようと務めた。
然し、その後クラスで中心的な人物が、「どうしても最後にこの歌をみんなで歌いたい」と言うため、渋々受け入れた。
全員が輪になって手を繋ぎ、音楽が流れ始めた。
ヒンディー語だったので、適当に口パクでその場を乗り切ろとしていたのだが何度も何度も気になるフレーズが連呼されるのだ。
「チューか、 メレ マンコ! チューか、メレ マンコ!」
大人70名が生殖器の名前を大声で連呼しているのだ。
社会人になったら生殖器の名前を言ってはいけない筈だったのに。
ちなみに、ヒンディー語で
チューカ=触って
メレ=私の
あとはご察しの通りだ。
その後、遅刻した2名の学生が悪びれる様子もなく会場に到着し
制止する私を振り切り、練習した手紙の朗読を開始したため
30分で終わる予定だった会は、1時間延長して終了した。