(7)欲望のダムが決壊した瞬間
前回のウンコパンツ事件から一夜明けいよいよ身の危険を感じる様になっていた私は
学校を辞めたいと思い始めていた。
(5)セクハラとパワハラにまみれた夜で前述した通り
校長は心底嫌い女と結婚前提で交際していたのだが、事もあろうに
最近上手く行っていない責任の一端を、女は私に押し付けてきたのだ。
ウンコパンツという奇策を講じ命からがらドーベルマンの監視をくぐり抜けた私は
無事に社宅に辿り着いたのだが、その時既に門限をすぎてしまっていた。
社長の家に行く際に、私は女に「19時をすぎる可能性があるが、鍵を開けておいてくください」と伝えたはずだ。
しかし、鍵で開けられるドアロックだけでなく内側からしか開けられない
ドアチェーンがかけられていたのだ。
隙間から指を差し込み、何度かチェーンを外そうとしたがビクともしない。
当たり前だ。この社宅に住む身として、ビクとでもしてもらったら困る。
顔を合わせたく無かったが、女に携帯から電話をかけた。
私「あの、、、今帰りました。すいません。勘違いだったら申し訳ないのですが、チェーンが間違ってかかっているみたいなんですけど。」
(私のこの腰の低さがたまに他人をイラつかせる。)
女「ほんと?ごめんね!今開けにいくよ。」
何が「ほんと?」だ。白々しいにも程がある。
勘違いな訳がない。紛れもなくあの女は故意に私を締め出していることは明白だった。
チェーンを開ける前に女は、のそっと顔を覗かせ
女「何やってたの?」と聞いてきた。
私の体は冷え切っている。
頼むから早く開けて欲しいのだが、どうやらここで正解を言い当てないと中には入れてもられない仕組みになっている様だ。
私「えっと、、、校長の家でお風呂に入れてもらって、食事を頂きました。少し遅くなってしまったのですが、校長と一緒だったので外出の許可は貰っています。」
女「それだけ?」
私「それだけです」
それだけに決まっている。パンツウンコの件でも話したら早々に中に入れてもらえるのだろうか。
女は不服そうにチェーンを外し、自分の部屋へと戻って行った。
それからと言うもの、女は21時の門限を破り、日付を跨ぐような外出や外泊を重ねるようになった。どうやら別の男が出来たらしい。
そして彼等はその責任の全てを私に押しつけ、校長の愛情を一身に受ける役目は私に引き継がれてしまった。
社長からの飲みの誘いを断り、14連勤、20連勤が続く。
女とは一緒に住んでいるにも関わらず、殆ど口をきかなくなってしまった。
家に帰れば外出できない閉塞感と孤独がミルフィールの様に積み重なり、崩壊が近づいているのを感じた。
その日は次の給料日にやってきた。
伝え漏れていたが、私の給料は日本円で5万円/月程度だった。
平均年収16万円のインドではそれ程低い金額ではない様に感じるかもしれないが、日本人らしい生活を送るには不十分すぎる金額だった。
屋台に行けば、60円程度でお腹を満たすことができたが
その代償として、翌日ゲリラ豪雨が私の肛門を通り抜ける。
欲望のダムの決壊は、60円の屋台飯を食べても小雨程度しか降らなくなってしまった
私の体内がインドナイズされてきた時に起きた。
大金を手にした私は、「日本食が食べたい・・・・」と腹の底から手が出るくらい、刺身や肉を欲し始めた。
直ぐに外出届を提出し、学校が終わると一目散にメトロに飛び乗った。
メトロとリキシャを乗り継いで、1時間程かけて日本食レストランへたどり着いた。
ドアを開けると、紛れもなく清潔で誇り高い日本がそこにあった。
来る日も来る日も
トイプードルを抱いているかの様な胸毛男
ワキガ女
眉毛が繋がった男
黄色いターバン
青いサリー
赤いターバン・・・に囲まれていた私にとって
スーツを着た日本人男性や、綺麗な洋服を着た日本人女性を見るのは数ヶ月ぶりのことだった。
急に自分の着ている見すぼらしいインド服と首に巻いていたスカーフが色褪せて見えた。
スカーフを外しながら、一人席に着きメニューを物色し始めた。
夢にまで見た、刺身や焼肉、焼き鳥、鍋、中華、なんでもあったが、私の想像を絶するくらい高かった。
マグロの握りが、2貫で600円くらいするのだ。
周囲に目をやると、事も無げに皆刺身だの肉だのを食べていた。
私には金が無いのだ。虚勢を張る必要はない。
一番腹に溜まりそうなベジタリアン向けのお好み焼き(700円)と
アサヒスーパードライ(700円)を注文した。
久方ぶりの日本のビールは涙がこぼれ落ちるほど美味で、ゴキュゴキュと白目を剥きながら一瞬で飲み干してしまった。
お好み焼きが到着する前に、700円のビールが終わった。
「お好み焼きとビールを一緒に食べたい」と言う欲望には抗えなかった私は、700円もするビールをもう一本注文してしまった。
私の店中に響き渡る「ゴキュゴキュ!ゴキュゴキュ!!」と言う音を出しながら一人でビールを一気飲みする女に危険を察したのか、
次から店員はビールとお好み焼きを同じタイミングで持って来た。
瞬く間にビールとお好み焼きを食べ干してしまったが、その日の私は止まらなかった。
サーモン巻き寿司(600円)と焼酎(800円)を注文し
巻寿司が喉に詰まって死ぬのでは無いかというスピードで寿司を頬張り
焼酎で流し込んだ。
至福の時は、レシートの到着と共に終わりを告げた。
通常の食費/一食分の60倍、お会計3800円也。
だが不思議と後悔は無かった。
久しぶりの上質なお酒で、良い酔い方をしていたのだろ。
誰もいない家に帰り、大音量でParty Musicを流し
とびっきりのエロい服を着て一人で腰を振り回した。
物足りなくなった私はGive me Everything Tonightという2012年にヒットした曲をかけ
幾度となく繰り返される「Tonight」というフレーズの時だけ
それまで右に回していた腰を左回りに変え
ミスしたら、ウイスキーを一気飲みする
という一人でも存分に楽しめるゲームを発明した。
酩酊状態になりながら、明日辞表を出そうと決意した。